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同時に交わることが、複数プレイのすべてではない。その「隣にいる時間」や「手を伸ばさない沈黙」にこそ、複数プレイという構造の奥に潜む、新しい快楽のかたちが見えてくる。密度ではなく、余白に漂う空気のなかに立ち上がる気配──その曖昧さを、VRという距離感で描くことにこそ意味が宿る。

一部リンクは収益につながることがあります。紹介しているのは、本当のおすすめ作品だけです。現在販売していない場合があります。
石原希望の動きに集中していると、ふと横に気配を感じる。八木奈々が静かに座っている──それだけなのに、その距離が妙に気になる。
こちらを向くたびに揺れる視線。声にはならない戸惑い。そして、順番を待つという静けさが、感覚をじわじわと研ぎ澄ませていく。


すぐ隣にいるのに、手を伸ばせない──そんな距離の中に滲む“取り残された気持ち”。その揺れに焦点を当てたBSS(ぼくが 先に 好きだったのに)系や、視線参加型の作品は、NTRジャンルの中でも静かな支持を集めている。
なかでも『君は見るだけ。触っちゃダメだから。』は、距離の近さと手の届かなさが同時に迫ってくる構成で、「視線を向けるしかできない」という感覚が、逆に胸の奥をざわつかせるような好例だ。
全体が交わる瞬間ではなく、交わらない“空白”が、見る者の内側に静かな揺れを呼び起こしていく。
複数であるということは、必ずしもすべてが同時に交わることではない。触れられない視線や、選ばれない時間──その“余白”にこそ、ひとりひとりの感情が、濃く滲んでいく。






密度ではなく、揺らぎのなかに身を委ねるとき。複数プレイというジャンルは、ただの人数では語れない、新しい感覚と向き合う体験になる。